結 核



   日本では結核予防法等の社会的な管理が効奏し結核死亡が激減していた。最近になって病院での医療従事者の集団感染が散発的に報告されたり死亡例までが報じられるなどやや再度注目を集めつつあるようではあるが、基本的には過去の病気として一般的には注目度が低い感染症になっている。日本では長い間、結核菌を排出して感染させる可能性のある肺結核の患者を結核病棟と呼ばれる特別な環境に隔離して治療を行う対策をとってきた。ツベルクリン反応とBCG接種の国民全体規模での実施や国民経済の全体的な上昇による個人的免疫防御力の効果とともに激減した。それに伴い研究教育などの面も主力が結核から悪性腫瘍に移行してしまい結核が疑われるケースも少なくなってしまっている。また、急速な進歩をとげた薬物療法についても、世界的には推奨されてきた薬品が一部採用されていないなど、治療面でも問題が出てきている。フィリピンの疾患分布では、結核は罹病者数でも死亡原因でも疾患の上位を占めている重要な疾患である。この疾患についての対策は出来るだけ広範な出生直後のBCGの接種と胸部レントゲン実施により感染の可能性のある人々には薬物療法を徹底的に行い患者本人危険性を減らすと同時に感染源を少しずつ減らして行こうという対策が基本になっている。しかし、貧困による栄養問題や国家的な対策費の問題などもあり、多くの感染させる危険性のある排菌者が身の回りに未だに存在している。フィリピンの統計システムに問題があり、正確な数は把握しにくくそんなに多いわけがなく感染する危険性も予測されているよりも少ないのではないかという意見も聞かれる。同じ閉鎖環境に長時間生活する事により感染の危険性が高くなるこの疾患に対して、産業界ではシステム的にレントゲン検査が取り入れられており安全性を高める努力がなされている。政府予算などの少ないこの国では企業に対してその対策を義務付けて実施されているが、個人雇用のドライバーやメイド等、日本人との関わりの深い人々はその枠から外れていることが多い。その為、このようなフィリピン人被雇用者の健康診断を呼びかけて実施してきたが、その中でレントゲンで結核関連が疑われる所見が見られるものは13人に一人であった。中には、健康診断を行う前の試用期間約1ヶ月の間に明らかに日本人の複数の子供が初感染したと思われる症例も認められている。これらから感染の危険性は日本に比べれば明らかに高い国である事が分かる。感染の可能性が高かったり、明らかに感染した兆候が認められれば薬物療法を発症予防的に長期間行う事が世界的主流になっている。結核菌は感染しても体の免疫能を中心にする抵抗力が勝っていれば初期感染の段階で治まってしまい、薬を使わなくても症状を出すほどには進展する事はない。進展する事を防ぐ為にBCGや栄養状態を保つ事が重要な予防対策になるのはこのような点からである。しかし、はっきりした結論は出されていないようだが、一度治まった病巣で細菌が死滅するのではなく抵抗力が下がると活動を開始して全身に及ぶ結核の症状を呈して来るようである。同時に肺に病変があれば排菌が始まり周囲への感染の危険性も出て来る。日本では、抗結核薬の発達の段階で副作用の問題と取り組んだが同時に結核患者数が激減して重要疾患からは外れてしまった感がある。隔離政策等を取れなかったフィリピンでは抗結核薬の投与が予防的にも重要な解決策となっており多くの副作用への対策も進んで抗結核療法が確立されている。このため初期に感染が疑われただけで予防的に発症前に結核菌を殺してしまう抗結核薬の投与が強くすすめられている。しかし、日本ではかつての抗結核療法の経験から抗結核薬の投与に非常に慎重な意見を持つ医師が多く、その提言を受け入れる日本人が、フィリピン医師による抗結核薬服薬のすすめを断る事も多い。初感染時の発症しない段階で抗結核薬で菌を殺してしまう予防的治療法には、BCGという牛の弱毒の菌によっておこる免疫よりもさらに本物の菌での免疫の強い作用が残り大きな再感染の予防が期待できるメリットもある。このような両国における結核対策の差の中で、結核の診断率も重要である。結核の診断は、最終的には結核菌を何等かの形で証明しなければならないとされる。しかし、かなり進んだ結核でも肺結核の一部を除いて、菌を証明するのは非常に難しい。また、最近は研究室レベルでは数日程度で肺結核などで排出された菌を確かめる方法も開発されているようではあるが一般的ではなく、かなり重症で大量に排出された場合に直接顕微鏡で認められるような他に感染をさせる力が強い極一部のものである。非常に分裂成長の遅い結核菌の特殊な性質から、多くは培養同定といって約6―8週間を要するのが普通である。結核菌は肺ばかりで増えて病気を起こすのではなく全身のどんな臓器にも障害を起こす。他の人に感染を起こすかどうかだけを判断するのは、肺から喀痰に出てくる結核菌を調べれば良いが、肺結核でさえ排菌しない状態も多く診断は難しい。臨床という患者が結核に罹患しているかどうかを細菌の有無で確かめるという方法では手術的操作抜きに診断する事が不可能なケースの方が多いだろう。事実、日本では手術時の検査などで診断がついた症例がかなり多い。しかし、今や結核では薬物療法が主流で、手術療法はあまり必要ない事の方が多い。結核性の病変は確定には至らなくても、ある程度レントゲン写真やCT,MRI等の画像診断でも見当が付く事もある。体内で結核菌が進展増殖していく過程で、骨のようにレントゲンに映りやすくなる石灰化等と呼ばれる特殊な反応を引き起こすので、レントゲンが診断の主流となってきた。かつてはこのような反応を見やすい条件を目標にレントゲン撮影技術が発達してきた。日本では結核が制圧されたと信じられるようになった頃には肺ガンが問題になり、今度はガンを描出しやすい撮影法にかえられてそれが最良のレントゲン撮影法と信じられるようになった。フィリピンでは結核が主流なので、日本の医師が時には「薄い非常に下手なきなない写真」と評価する撮影法がまだ一般的である。日本の写真はシャープだが暗すぎて強い光を当ててよほど細かく読まないと結核の病巣はわかりにくくなっているとフィリピンの専門医は評価する。しかし、この条件は結核の診断を犠牲にしても腫瘍の診断には必要な条件なのである。このように同じレントゲン検査をしても日本とフィリピンでは診断に差が出てしまう。結核という日本の医師が慣れない診断や治療に関して、やはり熱帯病と同じようにフィリピンでの診断治療を重視した方が安全なのかもしれない。ちなみに腫瘍に関しては、レントゲンばかりでなくCT,MRIその他の日本でも使用されているような画像診断を参考にしていて日本より腫瘍に関する診断力が劣っているということはない。画像診断の他にも、PPD(精製ツベルクリン)の皮膚反応で結核菌が感染したかどうかを推定できる事がある。日本では古くから自然感染したかどうかを、一定の年齢の国民全員に学校などの組織を通してPPD検査を実施し、その反応で感染していない陰性と判定される人々にもれなくBCGを接種していくという方針が取られてきた。しかし、一度BCGを接種してしまうと、PPDの反応がそれだけで陽性に出てしまうのでこの検査を感染したかどうかの判定には使用しにくくなっている。この状況は、新生児すべてにBCGを接種しようとしているフィリピンでも同様であり、一部の栄養的な問題などのないような新生児へは感染時の診断の問題とBCG自身が持っている希な副作用の問題で接種を勧めない小児科医も現れている。また、PPDの反応は重症の結核の時や他の病気で免疫能が低下している場合には反応は出てこない事があるので絶対的な信頼性はない。いずれにしても、結核の感染の診断が非常に難しい事には違いがない。このように確定と呼ばれる診断が非常に難しい場合には、病気の危険度に応じて薬物を投与しながら状態の推移を見守る臨床的診断が重要になる。薬の効果と症状の推移を観察して患者におこるだろう危険を防ぎながら経過を注意深く見守り診断を行なって行く訳だが、臨床検査診断が発達してそれに依存する率の高い日本の医師からは遅れた診断治療と評価をされがちである。しかし、結核のように臨床検査診断が難しかったり、様々な検査診断が完璧には整っていないウィルス性の疾患やその他の未知の病気については検査抜きの臨床診断治療が最も威力を発揮する捨てられない方法であり、医師の治療経験がものを言う世界なのである。

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