アメーバ赤痢



   アメーバという原虫によっておこる割にマイルドな下痢症状を主体とする病気である。日本では法定伝染病に準ずる扱いを受けていて、この病原菌を持つ患者が発見されると隔離されその足跡は保健所の消毒の洗礼を受けるのが通常である。このため、市中の医師たちは滅多にお目にかかる事が出来ないし、このような防疫体制のために海外滞在等の経歴が無い患者にはこのような病原体を下痢の原因として考慮する必要もほとんどない。下痢の原因としては、その外に細菌やウィルス、アレルギー、乳糖不耐症のような体質性に近いものまで様々である。しかし法定伝染病に指定されているようなコレラ、腸チフス、赤痢のような危険な細菌による下痢は日本ではほとんど見かけない。そのため、下痢の治療に直ぐに下痢止めを使って細菌に有効な抗生物質を使わなくても対して重体になるような下痢には出会いにくく、下痢止めを最初に使うという治療が日本では成り立っており、日本人も、今ではフィリピンの医師にも有名になってしまった「セイロガン」や日本の医師の処方した下痢止めを直ぐに飲んでしまう。もっとも日本でも病原性大腸菌O―157の出現でこのような治療法への反省が出てきているようではあるが、一般化するまでにはまだ時間がかかるであろう。いずれにしても、どんな危険な日本で指定している法定伝染病でも、強い下痢止めを使わず水分喪失に対する適切な管理と抗生物質の使用により重症化する事は希である。しかも、多種類ある抗生物質も効果がある細菌の範囲が広くなっており、はっきりした病原菌の種類が分からなくても大抵は効いてしまい特有の経過や危険性に出会う事は希になっている。しかし、アメーバ赤痢を起こす病原体は、細菌よりやや高等な原虫と分類される種族で通常の抗生物質では効果がない。特別な抗原虫剤を使わなければならない。日本にもこの薬は存在しているが、用途は婦人科領域のトリコモナス症やAIDS等に代表される免疫異常の患者に障害を起こす一部の原虫症に使用されるだけで医師にとっても使用する機会は希であり処方しにくい薬と感じられている事が多い。フィリピンでは、防疫体制の違いからアメーバ赤痢も希ではなく、しかもなま物を食べたり水に対する注意が足りないためか特に日本人に多いようである。アメーバ赤痢は治療を誤ると腸に潰瘍をつくるばかりでなく、時には血液中に入り込み肝臓や脳に嚢瘍という塊を作り思い障害を出したりすることがあるので厳重に糞便検査で見極めようとする。幸いに下痢便ほど顕微鏡で覗いただけで熟練した検査技師には見分けがつくものである。しかし、下痢止めを使い下痢が止まりかけてしまうとこの検査診断が付きにくいと同時にこの原虫が血液中に進入しやすい危険な状態を作り出してしまう。このようにして下痢止めを使いやすい日本人が特に危険な状態に陥っていく事が多い。日本では、アメーバを診断する為に特別なトレーニングを受けた技師がほとんどいないのと同時に、アメーバを疑った特別な検査指示が医師から出されなければ診断はつかない。細菌の培養同定という4日ほどかかる検査手間をかけても、細菌性の下痢の原因菌は推定できてもアメーバは診断がつかない。このような背景で、日本でアメーバ性の嚢瘍が腫瘍と間違われて手術して判明した例。あるいは難病の潰瘍性大腸炎として4ヶ月以上治療されて、あまりにも経過がおかしいので腸の組織検査で、熱帯病に詳しい医師に偶然に遭遇してアメーバ赤痢の診断がついたという事例が患者によって私の所にもたらされている。

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