腸チフス、パラチフス



   数多いフィリピンでの経口感染による下痢性疾患。危険なものはアメーバ赤痢、細菌性赤痢、コレラ等日本では法定伝染病等に指定されていて非常にまれな疾患でもフィリピンでは結構かかる方が多い。腸チフスもパラチフスも法定伝染病に指定されており、さらに経口感染症である事から、他の下痢性の疾患と同じような経過をとるものと思っている日本人も多いようである。腸チフスやパラチフスは急性の下痢症状を主体とする細菌性下痢症の原因菌の一群である腸炎サルモネラ菌(Salmonella enterocolitis)と同じグループの腸チフス菌(Salmonella typhi)やパラチフス菌(Salmonella paratyphi)によっておこる。腸チフスもパラチフスも臨床的にはほぼ同じような経過や病態をたどる事が多いので腸チフスについて説明していく。東南アジアを中心に最近では日本でも警戒すべきとされるようになった生卵が感染源として有名な急性下痢を伴うサルモネラ性胃腸炎は食品中で細菌が増殖してかなり多くの細菌が入らないと症状がおこりにくい。このため感染の現われ方は下痢を主症状とする集団食中毒等の形で現れる事が多い。しかし、治療は下痢を止めずに適切な抗生物質を使用するという一般の細菌性下痢症治療が行われるので問題は起こりにくい。腸チフスは英語名でenteric feverと呼ばれるように、初期症状主訴が発熱であることが多い。病原菌が少量の細菌でも腸の粘膜を通してリンパ管や血液中に入り込みその中で増殖してリンパ節を中心にその組織を傷害して行くという特別な性質を持っているからである。この血液リンパ液中の細菌による壊死と呼ばれる組織障害によって時には組織が弱くなり腸管の破裂から腹膜炎などを併発して死亡にもつながる危険性を持つ疾患でもある。侵される組織の範囲によってかぜに似た上気道炎様の症状や頭痛、腹部不快感など発熱以外の症状が多彩で最初から診断をつけることが非常に難しい疾患といえる。インフルエンザ、デング熱、アメーバ赤痢の初期など似たような症状を出す数多くの疾患がフィリピンには存在する。そして感染経路がわかりにくく散発的に見られることも多い為に疑われることも少ない。診断の為には血液中のサルモネラ菌に関する検査が必要であるが結果が出るまで結構時間がかかることも多い。便中の病原菌を特定する為には血液検査よりさらに長い時間がかかる。下痢が主症状である場合は少なくかえって便秘の場合もあり糞便検査から診断することが非常に難しい場合もある。勿論症状からこの病名が疑われなければ検査も行われないわけであるから、ほとんど見逃されてしまうという危険性もある。特に日本では滅多にない衛生環境なのでこの病気を最初から疑う医師はほとんどいないであろう。この細菌に効果がある抗生物質が投与されると発熱をはじめとする主要な臨床症状は発現してこない。経過から推測することも困難である。しかし、完全に治癒すればこの病気だと診断できなくてもまったく問題はない。しかし、抗生物質の中途半端な使用によって耐性菌という普通は効果があるといわれている抗生物質が効かない菌が現れてくる。最初の一週間くらいは血液中で増殖した菌が糞便中にも現れてくる。そして、治療が不完全だと薬の到達しにくい胆のうなどで増殖するようになり、症状がないままに危険な細菌を便中に排出していくキャリーヤーと呼ばれて菌をばらまき周囲の人間を危険な状態におとしいれる存在になることもある。防疫上非常に厳しく取り締まってきれいになっている日本では特に危険な存在となる。このため日本人には腸チフスと診断された場合に完全に治癒したかどうかを確認する為の2週間から3週間後の便中の腸チフス菌を検査して、検出されないことを確認しておくことが重要である。

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