社会意識の背景



   フィリピンはアジアでも唯一のキリスト教に立脚した国と言われて、政治にも宗教が大きな影響を与えているように、医療を支える医師や医療関係者の思想にも大きな影響を与えている。医療関連で最もこの点が顕著に現れているのが、法的に例外なく人工妊娠中絶を認めない世界でも唯一の国になった事であろう。法的に人工妊娠中絶を禁じられる事によって、医師にこの技術が無く自然流産の時の処置方針などにも影響を与える事がある。また、宗教的に自殺が認められず国民意識の中にも自殺志向がないために、精神科領域でも自殺志向は患者の心理的背景に関係無く、すべて鬱病などの異常として医師に捉えられて処理されるという問題もある。いずれにしても、宗教を背景にした医師の持つ生命感が臨死状態の終末医療の実施にあたっても大きな影響を与えている事は、日本の移植や脳死に関する長年の議論にも現れているように様々な問題を引き起こす。日本では徹底的な医学的な延命治療に対する反省として尊厳死やホスピスにおける余生を有意義に暮らす権利などが叫ばれはじめたばかりである。これらの運動の起こりはキリスト教を中心とするアメリカに端を発して導入されようとしているもので、アメリカと同じ医療風土のフィリピンでは目新しいものではない。かえって日本に取り込まれようとしているこのようなシステムや思想を背景にした完成形が一般的であるといってよいだろう。

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