自然環境



フィリピンと日本人の健康    環境の変化は人間に思いがけないストレスをかけてくる事が多い。ストレスは精神的な面での健康を損なわせるだけでなく、胃潰瘍などに代表されるストレス病という一群の病気をも引き起こす事もある。そして、異なる地域に入るとその土地の病原微生物やウィルスが直接的に攻撃をしかけてくることもある。時には、社会システム等の違いに気がつかないと思いがけない事故にあい外傷などを被る危険性も増大してくる。

   外国での生活はこのようなあらゆる危険との対決と言っても良いだろう。外国での生活で健康を考えていく場合には、2国間の自然環境ばかりでなくあらゆる社会環境の違いや習慣の相違さえもをも検討して対策をこうじて行かなければならない。多くは同一国内でも問題になることがある事であり、特に外国だからと言う問題ばかりでもない。ここでは日本人がフィリピンで生活する場合の問題を総合的に考えてみたい。


1 位置関係

   日本とフィリピンの時差は1時間、経度差にして約15度で東京とマニラの首都間の距離は約3000Km、現在の飛行時間は約4時間である。この都市間の時差は、睡眠のリズムを崩して大きな健康障害の要因になることもあるが、幸いな事にフィリピンの場合は問題にならない程度である。

   日本は北緯約45度から26度、フィリピンは北緯約18度から5度と北回帰線をはさんだ位置にある。いずれもアジア大陸の東部に位置し、海からの内陸部までの距離も日本と同じように小さい海洋国である。気候の要因の一つである気温湿度は緯度と海抜、海からの距離に大きく影響されるが、日本とフィリピンでは緯度による気温環境の影響差が非常に大きい。

 緯度圏の平均温度
       1月   4月   7月   10月   年   年較差
 40度    5.5      13.1      24.0       15.7     14.1      18.5
 30度    14.7      20.1      27.3       21.8     20.4      12.6
 10度    25.8      27.2      27.0       26.9     26.8       1.4

   北緯40度は青森、北緯30度は鹿児島付近にあたり、北緯10度はビサヤのセブ付近にあたる。フィリピンの平均気温は日本でも最も暑い九州の真夏の気温が一年中続いていると考えていいだろう。

   日本は気候的に北部は冷帯湿潤気候、南部は温帯湿潤気候に分類され、フィリピンはルソン西部の大部分とパラワン、ビサヤは熱帯モンスーン気候、ルソン東部サマール、ミンダナオ等は熱帯雨林気候に分類されている。

   このような気候の違いは、気温や湿度など直接的にそこに生活する人間に影響を与えるばかりか、動植物の分布の違いにより病原体を媒介する動物、有毒植物、有毒動物等により間接的にも人間に影響を与えてくる。しかしこの間接的な自然の影響は、都市化や農地化など人間の社会的活動によっても地域により大きな相違が出てくるのでここでは取り上げず、別な項を設けて考えてみる。


2 地形と植生

   気候や地形によって自然に規定されてくる動植物の分布も人間が生活する事により様々な修飾を受けてくる。農業や林業による修飾が良い例である。さらに工業化や都市化によって、さらに複雑な環境の変化が誘起されて人間の健康に関わってくる事になる。

   東端:(東経126度53分)ミンダナオ島東ダバオ州バガガ町

   西端:(東経116度53分)パラワン島南部のバラバク島

   北端:(北緯 21度25分)バタン諸島のヤミ島

   南端:(北緯  4度23分)シブトウ諸島のシタンカイ

   フィリピンは、上記の範囲に広がる大小様々な7107の島からなる。北部の中央に位置する首都マニラのあるルソン島、東南部にあるミンダナオ島、西南部にある細長いパラワン島という大きな島に囲まれて、ミンドロ、サマール、マスバテ、レイテ、ボホール、セブ、パナイといったやや大きめの島が分布している。そして、34600Kmに及ぶ世界でも有数の不連続海岸線を有している海洋国でもある。日本と同じような火山と褶曲造山活動による大きな島と、珊瑚礁からなる多数の小島から構成されている。最高峰はミンダナオ島のアポ山で海抜2953mであるが、ルソン島北部の西側にはマウンテン州を中心に2500m級の山々が連なっている。このような内陸高地も日本とは違い気候的に温帯のレベルになるので、人々が居住する多くの町を形成してくる。この代表的な例が、有名な山岳都市であるベンゲット州の州都バギオで涼しい山岳リゾートとして、また国の副首都として位置づけられてさらに寒冷地野菜のマニラ首都圏への生産地として機能している。また、フィリピンの記載史実以前の古くから存在する事で世界の8不思議の一つとも言われるマウンテン州ボントックの高地に広がる棚田、ライステラスがある。

   フィリピンはこのように長い恵まれた海岸線と気候的にも温暖な内陸高地があり、島毎にもまた海岸線からの距離などによっても非常に変化に富む自然環境がある。そこに暮らす人々の生活文化も非常に多様性に富んでいると同時に、人々に影響を与える病気の分布や危険性も多様である。このような自然環境の差は、食生活にも影響を与えて栄養障害という範疇の疾患に関係したり、病気を媒介する動物の分布によって風土病とも言われるような特別な疾患、毒性動植物の誤食による中毒、はては蛇咬傷のような動物の直接の攻撃による障害等の危険性に影響を与えてくる。日本人等の外来者がフィリピンの多様な自然環境に入る場合には、熱帯という一般的な注意も必要であるがこの多様性を考慮した個別の対策も重要になってくる。


3 人工環境

   日本人の多くが生活する近代化しつつある都市部でも、エアコンによる人工温度環境の整備も進み問題が無いかの如くに見えるが自然環境による影響を無視できるものではない。このような人工環境の整備は、戸外気温と室内温度の温度差という新たな問題を作り出している。さらにエアコンや都市化による植生の変化からくる戸外温度の上昇。エアコンの使用の為に作られる閉鎖された環境内での空気の汚染。公害ともいえる大気汚染や、上下水道、人工物や植生の変化によって引き起こされる洪水など様々な新しい問題を作り出す。レストランなど商業的に食事を提供する環境の発達は、集団食中毒のような問題を作り出すが食品管理面などでも気候や湿度等、気候の影響は避けられない。

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