インフォームド コンセント



   日本でも「説明と同意」と翻訳されて重要視されるようになったこの言葉。医師が患者に十分に診断の結果や治療の必要性を説明して、患者が納得してから治療をするということである。この事により、患者に治療の選択権をもたせる事が重要であるとされる。日本では診察をした医師が検査をし手術をしたり薬を出したりする形式なので、医師にも患者にもなかなか浸透しないし難しい。日本の医療環境では医師と患者の関係においては、診断検査から治療までの区切りがはっきりしておらず、インフォームド コンセントと言っても説明をして患者の同意を得た旨の書面を整えるなど形式的な面が強調される傾向がある。また、保険診療制度のもとでは病気に対しての治療手段が決められており、医師の自由裁量や治療の選択の枠も狭く納得のいく治療としての説明が難しいという面もある。いずれにしても、アメリカなどのシステム下で強調されつつあるこのような問題の重要性が日本で生かされるのは難しい環境にあると感じられる。

   オープンシステムと整った専門医制及び医薬分業下でのインフォームド コンセントのあり方は日本とはかなり違う面がある。患者が医師のオフィスを訪れると簡単な診察をして検査の指示や生活上の注意、そして処方箋を書いてくれる。医師の基本的な仕事はこれで終了である。患者が検査を受けたり注意を守ったり薬を飲むかどうかは患者の意志であり選択である。医師はこの指示や処方が守られたときだけ責任を持つ。医師には専門医制度下にその医師が出来る範囲の治療や検査がある程度暗黙のうちに定められており、自分に許されていない場合には該当する専門医に紹介する事になる。専門医は紹介医の依頼に従って依頼部分の検査や治療に関して十分な説明をして患者の同意が得られれば検査や治療をする。患者が同意できなければそれまでの経過と同意を求めた段階までのレポートを書いてくれる。そして患者はそれを持って紹介元の医師に持ち帰って相談するのが原則である。専門医はある時は紹介医へのコンサルタント的な立場にたつし、実際的にコンサルタントと呼ばれている。
   オープンシステムと専門医制の医療制度下では、入院病室に複数の主治医の名前が掲示される事でも分かるように、紹介元の医師もまた紹介された医師も協力して一人の患者の診察治療にあたるのが普通である。そして各段階で患者が医師を選択したり、薬を買うかどうかを決めたり等が比較的簡単に出来る。このため医師も患者に治療を強要するような事態は起こりにくい。しかし、それだけ患者に課せられる自分で治療をするという責任は大きい。インフォームド コンセントはある意味では本来患者が自分の責任で治療をしなければならない事を前提に、医師が責任を持つ部分を明確にする作業なのである。このあたりは、日本では一人の医師が一貫して最初に診察して患者を治療して治癒させるという暗黙の了解があり、何か不都合の起こった場合に備えてインフォームドコンセントを取り入れて責任を回避しようとするのとは根本的に異なる。

   フィリピンではこのようなシステムの為に、人々は病気になった場合はその経済状況に応じて薬局から直接薬を購入して自分で治療したり、医師に相談したり、治療を受けるかどうかを自分で決める。また健康診断なども受けるようにと言うキャンペーンが行われるが、日本のように行政などがそのために金を支出して国民全員の健康を保障して行こうというような活動はほとんどないに等しい。結核など、治療が必要で社会的に問題のある疾患に対しては、収入に応じて薬を無償で配布するなどという活動はある。一方で産業医学的な健康管理システムはしっかりしており、企業などに規模に応じて看護婦や医師の常駐、クリニックそのものの設置を法的に定めており、この中で結核検診を施行しているという面を見る事ができる。しかし、あくまでも個人の健康は個人の責任で買うものであるという思想が浸透しているようで、これに対応して医師も治療を指示する事はあっても強要する事は少ない。また、このような治療を強要しても医師個人や病院の収入に影響する部分が日本などに比べて比較的少ないこともその理由であろう。どうも、日本人は通常は日本では形式的にしか使用されない、「IF YOU AGREE ・・・・・・」という日常的に最後につけくわえるフィリピン人医師のインフォームド コンセントに基づく言葉を聞きのがしてしまう事がおおいようである。日本では同意できなければ、病院そのものをかえて始めから診断や検査を受けなければならない事が多い。そのために医師の言葉が強制的に響き医師の方も患者が確実に了解したかどうかを書面へのサイン等で確認を取るように推奨されている。フィリピンでは同意できなければはっきりその旨を伝えれば良い。医師は次善の策を提案するか、あるいは提案できなければその場で診療が終了する。そして、患者はその医師が指示した内容を聞いた事の確認をされることが多い。医師は自分の指示が患者に受け入れられようが、受け入れられまいが後は患者の責任であり、自分の医師としての責任の範囲から逃れられる事になるので気にはしない。患者がその医師の提案に同意できず、さらに診療を希望する患者は極端な場合、病院で隣の部屋のその医師のライバルの所へ診察をお願いすればいいのである。日本人患者は同意か不同意かのはっきりした返事をせずに、表面上同意したとみなされるのに、指示に従わなかったり別の所で不同意の意思表示をし、そのあげくに医師に責任を転嫁していると思われる状況が多い。「1週間後に良くなっているかどうかを診ますからもう一度来てください」という指示に従わず、その時は何でもなかったからと1カ月後に来て「医師の治療がおかしい」などと言い出す患者たち。どうも日本人の患者は自分が病気になった時に自分の努力はいらずに医師が直すのが当然と思っている方が多いようである。しかしフィリピンでは患者は自分の努力などでは直す事ができず、本当に困って医師のアドヴァイスを高額の金を払って買うという意識が強いので医師の指示によく従う。フィリピン人の医師は医師の指示に従わずに文句をいう傾向のある日本人のような状況には慣れていないので、彼らの目には日本人患者は特別に厄介な患者に映るであろう。

   また、このようなインフォームド コンセントの時にトラブルが起こる原因の一つに、国民性の違いが作用する事もある。フィリピン人は一般に、仕事よりも家庭や自分の命を第1に考えて行動する。日本人のように仕事第1で、家庭や自分を省みない人は少ない。一般的な日本人のこのような仕事社会第1という性向に加えて、外国という日本人の少ないところでは、仕事への影響への心配が増幅してくるのかも知れない。いずれにせよ、日本人は「仕事があるから、のんびり治療はしていられない。」と主張して、結果としては医師のアドヴァイスを受け入れない事が多い。このような状況は、フィリピン人の医師には理解しがたく、インフォームド コンセントは成立せず、結局は患者が危険に陥ってしまうというケースが実に多い。

   このような状況に近い原因で、何人かの人が実際に助かる命を異国の地で失っている事実があり、十分な注意が必要であろう。

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