マラリア



   マラリアはハマダラカ属(Anopheles)によって媒介される悪性3日熱、4日熱、3日熱、卵形の4種類のマラリア原虫による感染で起こる病気の総称である。これらの病気は媒介する蚊の分布とマラリア原虫に感染している動物の両者が存在している所で感染の危険性がある。予防の為に蚊の駆除が行われて、フィリピンでは日本人観光客も多く訪れるセブ島を中心とするビサヤ地方等、安全地域とされた所もあるが、未だに危険地域とされている地方は沢山ある。この蚊は森林地帯のやや丘陵地で流れの緩やかなところで繁殖するために流行地の地形や植生と密接な関係がある。危険な地域を一時的に訪問するときには短期間だけ予防的に薬を飲んでおく方法もすすめられているが、副作用も強い薬が多いので入る地域の植生や気候、安全情報を良く検討しておく事が重要である。特に重症度の高い悪性3日熱マラリアは致命率も高く、薬剤耐性によって通常の薬物が効かなくなっているものも存在するのでパラワン、北部ルソン、ミンダナオ東部の山岳から丘陵部に入る場合には特に注意が必要である。

   マラリアは、フィリピンでも都市部に生活する事の多い日本人にとってはあまりなじみの少ない疾患とはいえるが、地方の山岳部では未だに猛威をふるっている熱帯病の代表格といえるものである。蚊が媒介する下等な原虫類の寄生によって起こる病気である。この原虫は人間の体内に入って肝臓の細胞や酸素を運搬する役目をしている赤血球の中に入り込んで増殖してこれらを破壊して行く。3日熱マラリア、4日熱マラリアとよばれるように、寄生虫の増殖の周期によって周期的に高熱を発するという独特の病像をとる。症状の主なものはこの寄生虫の分裂増殖時に出す発熱物質による発熱と、この時の赤血球破壊による溶血性の貧血に伴うものである。

   マラリアはPlasmodium属という蚊と人間の体内で有性生殖と無性生殖を繰り返して増殖するウィルスや細菌などよりずっと高等な原虫類によりおこる病気の総称で、以下の4種類が病原微生物として知られている。

   感染した原虫の種類によって症状や重症度が非常に異なり、症状から悪性3日熱マラリア(熱帯熱マラリア)、3日熱マラリア、4日熱マラリアに分類される事があるが、悪性3日熱マラリアはP. falciparum、3日熱マラリアはP. vimax とP. ovale、4日熱マラリアはP. malariaeの感染によることが分かっている。マラリアは蚊から感染した後すぐに症状がでるのではなく原虫が肝臓の上皮細胞に入り込んで増殖し一部が血液中に入ってからさらに赤血球に入り込みその中で増殖して赤血球を破壊してまた他の赤血球に入り込んで破壊するという複雑な増殖をする。そして増殖して赤血球を破壊する時に発熱物質を出したり溶血をおこして独特の症状を人間におこす。原虫は固有の増殖サイクルを持っているために3日熱あるいは4日熱といわれる周期的な発熱を繰り返す事になる。P. falciparumによっておこる悪性3日熱マラリアを除いてマラリアの発熱周期は免疫機能が働くために、治療をしなくても発熱などの症状がでる間隔が長くなり自然に良くなる事がある。また治療開始がおくれて独特の症状が現れてから診断がついても有効な治療法もあり生命に危険が及ぶ事は少ないようだ。しかし、悪性3日熱マラリアは抹消血管の奥深くでお互いにくっついて塊を作りながら増殖するという性質の為に発熱の他に神経症状、消化器症状、泌尿器症状など多彩な症状を伴い診断が難しいばかりでなく薬物療法が遅れると死にいたる非常に危険な病気なので、対策もP. falciparumを中心にたてられている。

   幸いにマラリアは、症状がでている時には血液中の赤血球に変化が見られるために比較的血液検査で確定診断が付き易い病気でもある。しかし、治療については細菌感染などに使用されるような副作用の少ない安全域の広い薬は効かず、きわめて安全域の狭い薬を使用しなければならない。また、この原虫が薬物に対して抵抗性を獲得し易いために以前は効果のあった薬も効かなくなる性質を持っている為に感染すると非常に致命率の高い危険な病気となっている。

   フィリピンは、マラリア撲滅の為に様々な国家規模の活動を繰り広げている。都市部や日本人旅行者が多いセブを中心にしたビサヤ地域等、一部では撲滅に成功し安全性の確保できた地域もあるが、ルソン島北部、ミンダナオ島南部、パラワン島等まだ非常に危険視されている地域も広く存在している。これらの撲滅活動は地域の居住民の罹患を防ぐために繰り広げられているがなかなか撲滅は難しいようである。多くの活動はマラリアを媒介するハマダラ蚊(Anopheles flaviostris)を減らす事と蚊に刺されないようにする蚊帳の普及に向けられている。また治療上重要な薬物抵抗性のある原虫の分布にも注意をして、さらにこのような薬物抵抗性の原虫が増えないように治療薬物の選択に関する注意を喚起している。

   しかし、日本人のように旅行者や仕事でこのような地域に足を踏み込むだけの人々については別の観点からの予防対策をたてることができる。もっとも簡単なのは危険地帯に入らない事である。媒介する蚊は森林地帯の山麓から山腹にかけての木の生い茂って日陰になった場所で、農業に使われる化学薬品等に汚染されていない緩やかな水の流れのある所で主に繁殖する。従って農業の発達していない森林地帯に入るのが危険だと言える。また、この蚊は繁殖地からの飛翔半径は1ー2Km、また人や動物を刺すのは午後11時30分から午前2時30分を中心とした人が寝静まった時間帯であり就寝時の蚊帳の使用が有効だとされている。流行シーズンは、雨期のはじめと終わり頃で乾燥期や洪水の起こるような雨量の多い時期には繁殖地が人里から離れるので罹患率が下がるのだと説明されている。

   仕事などでやむを得ず流行地に踏み込まざるを得ない場合は予防投薬と言い、薬を事前に飲んでおいてマラリアを持った蚊に刺された場合に体内入ってきた原虫を即座に殺して感染を防ぐ方法が推奨される場合がある。しかし、このような予防投薬に使われる薬は安全域が狭く重大な副作用を引き起こすものがあるので感染の危険性とかかった場合の危険度を十分に検討して行わなければならない。また、使用する薬物も地域によってはマラリアが薬物に対して抵抗性を持っているためにせっかく副作用を覚悟して飲んでも効果が無い場合もありうる。流行地に入っても行動範囲や行動様式によっては、予防薬の危険性よりも感染による危険が少ない場合も有り得る。マラリアに詳しい現地の医師に相談の上、現地の危険率を十分に検討してから予防投薬を選択する事が重要であろう。

   フィリピンで予防投薬として使用される薬物は主にクロロキン(Chloroquin)であるが、副作用として消化器系への影響で吐き気や嘔吐があり、血圧の低下が見られ、長期の服用で量が多くなると視力障害がでる事が分かっている。また、クロロキンが効かないマラリアの流行している地域もあり、メフロキン(Mefloquine)がすすめられる事がある。この薬は軽い副作用として頭痛やめまい睡眠障害があり、時に重症の副作用として意識障害、精神運動障害や神経症がでることがあり、痙攣や神経精神障害の既往を持つ人にはすすめられない事になっている。抗マラリア治療薬にはこの他にHalofantrine、Qinghaosu、Primaquine、Amodiaquin、Quinine 等がある。また予防投薬に適する薬としてはProguanil(Paluderine, Chlorguanide)、Pyrimethamine(Daraprim,Malocide)、 Doxycycline、Pyrimethamine-dapsone(Maloprim)等がある。また、致命的な副作用が時に出現することが有るためにPyrimethamine-sulfadoxine(Fansidar)やAmodiaquineのように予防投薬としては使用しない方がいいとされた薬もある。このように多種の薬品が開発されているが、マラリアは薬物に対して抵抗性を持ち易いために予防投薬としてして使用する薬物は計画的に使用される事が重要だとされている。従って、マラリアの流行地というだけでなくその土地の原虫の薬物抵抗性などの詳細を調べてから予防投薬を受けるようにしなければならない。

   1995年現在フィリピンでマラリア感染の全く心配の無いプロビンスはSEBU、BOHOL、CATANDUANES、1996年に心配がないという宣言がだされるとみられる地域はGUIMARAS、ILOILO、CAPIZ、BILIRAN、SIQUIJOR、LEYTE DEL SURとVISAYA地方の一部だけである。また、危険性の極めて高い地域はLUZON地方の北東部、PALAWAN、MINDORO、MINDANAOの東部及びSULU、TAWI-TAWI等の南部に分布している。また、随時保健省(DOH)のマラリアコントロールサービスから警報が出されるのでこのような報道にも注意が大切である。1996年8月末に出された警報の地域の中には、首都圏から程近いRIZAL州のANTIPOLOとBULACAN州のSAN JOSEが含まれていた。また、数年前には現在日本企業が進出し、日本人が暮らしつつあるラグナ州で流行が見られたという記録もある。周辺の便利なまた安価な土地を求めて進出する性格をもつ日本からの進出企業などもこのような状況に注意を払い周辺の環境整備を十分に行うことがが必要と思われる。1998年2月にはフィリピンの最南端近くに位置するSULUで短期間に135人にのぼる死者が出て流行の緊急警報が出された。

   フィリピンのマラリア防御プログラムには、多分高価なのと一般住人には無理があるので普及しにくいために特に推奨はされていないが、旅行者等は蚊に刺されるのを防ぐ皮膚に塗ったりスプレーするような薬物を使用するのも非常に効果のある防御法と言えるであろう。

   不幸にして日本人が感染するともう一つの危険性が待ち受けている。マラリアの場合は感染してすぐに症状がでるわけではなく、症状がでるのは悪性3日熱マラリアで7ー30日(通常10日前後)で他のマラリアの場合はもっと遅く1年以上経過してからということもある。発症時に日本に帰国していると、日本にはマラリアの診断治療を経験している医師がほとんどいないし、治療薬物が手にはいりにくいという状況がある。悪性3日熱マラリアは治療開始の時期が遅れると致命的な病気なので非常に危険な状況におかれる事になる。予防投薬など事前の準備もなく、危険地域で蚊に刺された場合には安全地域で2週間以上は休養してから帰国するか、または帰国後すぐに空港検疫所でマラリアの治療が可能な日本の医療施設を確認しておく位の注意が必要であろう。日本でも数は多くはないが、マラリアを診断治療できる医療施設があり、厚生省がリストを準備して備えているようである。

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