フィリピンの医療環境の背景



   フィリピンの医療環境は日本とはその制度もシステムも背景になる経済環境も全く違う。そして、医師が生命などに対して持っていて治療方針などにも関わる事がある思想背景すらも違う。日本の制度に慣れた我々日本人が病気になったときには、そのあまりもの違いに戸惑う事も多いようである。そして、多くの日本人がこれらの違いに直面したときに、言葉の問題からよりもシステムその他の問題から医療不信に陥りフィリピンの医療レベルを正しく認識できないという問題がおこる。フィリピンは長くアメリカの統治下におかれており開発途上国との評価がなされ、医療においても日本よりもはるかに遅れていると評価される事が多いようである。しかし現実的には医学教育、医療システム等はアメリカとほぼ同等でありさらにアメリカとの医療スタッフの交流も非常に盛んである。しっかりした統計、登録制度が整っていないために明確な数はつかめないが、フィリピンの医師の資格を取った医師の約30%がアメリカをはじめとする外国で臨床医として活躍していると言われている。また、看護婦も十数万人がアメリカの病院で働いており、婦長などの重要な職についている割合も高く、アメリカはこれらの労働者に永住ヴィザを与えようとしている。このように、患者を診察したり治療するといった臨床的分野では、人的な面でアメリカより特に遅れているという部分はあまりないようである。

   熱帯という環境条件や国個別の社会状態による特殊疾患の治療部分、そして国家経済的な余力が必要な研究面などではやはり遅れている部分があることは否定できない。

   フィリピンは非常に貧富の差が激しい国である。日本がフィリピンに関わるのはその貧困部分に関連した援助などの事が多い為か、日本人にはフィリピンの国全体が貧しいという評価がなされることが多い。しかし、第二次世界大戦時の戦勝国でもありアメリカからの最大限の援助を受けて育てられたフィリピン経済は民間におけるその富の遍在の為に現在では貧困のイメージを与える事はあっても、本質的には他のアジアの開発途上国とは異なり、一時期は隆盛を誇った非常に富裕な階層が現在までも継続的に存在していることを考えておかなければならない。また、アジアでは唯一のカソリックを中心としたキリスト教という宗教をベースに立国されている国であることもその特徴であり、他のアジア諸国の理解と多少異なる評価が難しい国である事も考えなければならない。

   日本人が健康を害したときに、フィリピンで利用せざるを得ない医療環境を考えるとき、日本人が援助をしている医療の遅れた部分に着目して判断する必要はなく、すでに存在している富裕層の為に発達してきた医療の先進部分に着目して行くだけで十分であろう。日本では国民皆保険制度、保険規制による医療の均質化と保障、県や市町村による健康診断料補助等による受診率の促進、予防接種などの法的規制や援助など国や県市町村等の行政が日本人の健康を強制的に守るシステムを様々な面で構築しその恩恵を日本人全体に与えている。そして、それに慣れた日本人は安全や健康は国や病院、医師が安価に提供してくれるものと錯覚してしまっているように感じる。そして、保険診療という枠のために、そこでは日本人のほとんどすべてにかなり均質な医療が提供されている。フィリピンでは、基本的には医療サービスは個人が自分の経済的負担で買うものと考えたほうがいい。病院をはじめ様々なシステムが貧富の程度に応じて存在している。フィリピンに在留している日本人も、貧困なフィリピン人のお世話になっているような者から、日本の企業その他からの派遣で来て相対的に富裕な階層の生活の仲間入りをする者、フィリピンの良さを認めて様々な理由で移住しようとする者等、その経済的状況も様々である。しかし、フィリピンでは日本人の経済力からすれば、大部分の日本人達がフィリピンの富裕層の為に準備されている日本のほぼ均質な医療に匹敵するフィリピンの最先端臨床医療の恩恵を受ける力を持っていると思われる。フィリピンの最先端の医療を受けるためには、貧富の差の激しい社会構造の中で分化していった様々な異なる経済状況の階層に対応して出来あがってきた病院間の大きなレベル較差の問題や、日本とは全くシステムの異なるフィリピンの医療制度や医療環境を知らなければならない。

次へ→ フィリピン医療の歴史
戻る→ Dr.高濱の部屋